【源氏物語】を詠う ~紫式部~
 瀬戸内寂聴訳 
彷徨い人 中島孝夫
 スペイン語訳:アントニオ ドゥケ ララ
《夕顔(源氏の君17歳)》
YUGAO (Hikaru Genji 17 AÑOS)

* 乳母の
   家の傍らに ま新しき垣根を
    めぐらせた家が目につきぬ * 源氏の君は
   大弐の乳母の病気見舞いに
    乳母の家を尋ねたり

Vio que al lado
de la casa de la nodriza
había una casa
con un seto nuevo.
Hikaru Genji para ver
a la antigua nodriza enferma
fue a la casa de la misma.
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* 護衛の
   随身が お前に膝まづきいいぬ
    ”夕顔と申します” ~~ * 源氏の君は
   ”そこに咲いているのは
     何の花”とつぶやきぬ ~~ * 源氏の君は
   板塀に青々と延びている
    蔓草に目をやりぬ ~~ * 源氏の君は
   どういう女たちかと
    好奇心をかきたてられぬ ~~ * 美しき
   女の影が 簾を通し
    ちらちらいくつも見えたり

Hikaru Genji
Murmuró:
“¿Qué flor es esa
que crece ahí?”
Hikaru Genji
se fijó en la yedra
que cubría la
empalizada.
Hikaru Genji
sentía mucho
interés por saber
qué mujeres eran.
Se vieron a
través de las
persianas las
bellas figuras
de varias mujeres.
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* 女童は
   随身に扇を渡し言いぬ”この上に
    花をのせて差上げて下さい” ~~ * 女童は
   随身に よい匂いのたたよう
    白い扇をさし出しぬ ~~ * 愛らしい
   女童が引き戸口に出で来て
    手招きしていたり ~~ * 源氏の君
   おっしゃいぬ”みじめな花の宿命だね
    一房折りて来なさい” ~~ * ”こういう
    ささやかで あわれな家の垣根に
     咲くものでございます”


* 源氏の君は
   惟光に聞きぬ”隣の家には
    誰が住んでいるのか” ~~ * ~心あてに
    それとぞ見る白露の
     ひかりそへたる夕顔の花~ ~~ * 扇には
   風流な筆跡で歌が
    書き流されてありたり ~~ * この扇を
   使い馴らした人の移り香が
    しみついていたり ~~ * 源氏の君は
   乳母の家を出ようとし
    先ほどの扇を目にしたり


* ~寄りてこそ
    それかとも見め たそかれに
     ほのぼの見つる 花の夕顔~ ~~ * 源氏の君は
   懐紙に歌を一首書かれ
    随身に持たせてやりぬ ~~ * 源氏の君に
   歌を詠みかけてきた
    女の心意気が捨て難かりけり ~~ * ”揚明の介を
    している者の家で
     妻は年若く風流好み” ~~ * 惟光は
   隣の家の管理人に聞き
    源氏に伝えたり


* 源氏の君は
   夕顔へのいとしさが
    日々に募りていたり ~~ * 夕顔の女も
   源氏の君については
    腑に落ちない気持ちでいたり ~~ * 源氏の君も
   名を明かさず 身なりも
    やつして通いていたり ~~ * 惟光には
   その女の素性を確かめることは
    できなかりけり ~~ * 惟光は
   源氏の君が あの家に通えるよう
    段取りを取りつけぬ


* 源氏の君は
   中秋の満月の夜を 夕顔の住む
    あばら家で過ごしていたり ~~ * 源氏の君は
   夕顔に顔さえ見せず
    深夜に出入りしていたり ~~ * 源氏の君は
   夕顔のところへ通う時は
    狩衣を着て変装したり ~~ * 夕顔は
   深窓の高貴な姫君と
    いうわけでもなかりけり ~~ * 夕顔は
   素直で もの柔らかに おっとりと
    初々しさがありたり


* 源氏の君は
   このようなことは
    はじめての経験と言いぬ ~~ * 車は
   荒れはてた門の上に しのぶ草の茂り
    ある院につきぬ ~~ * 源氏の君は
   夕顔を軽々と抱きあげて
    車に乗せぬ ~~ * 源氏の君は
   随身に車を縁側まで
    引き入れさせたり ~~ * 夕顔に
   源氏の君言いぬ”すぐ近くの邸に行き
    くつろいで夜を明かそう”


* その夜
   源氏の君は ひたすら愛しあい
    とめどもなく溺れたり ~~ * ~山の端の
    心も知らで 行く月は
     うはの空にて かげや絶えばむ~ ~~ * 夕顔は
   恥かしそうに 恐ろしげに
    脅えた様子でつぶやきぬ ~~ * 源氏の君は
   夕顔に聞きぬ”あなたには
    このような経験ありますか” ~~ * ~いにしへも
    かくやは人の まどひけむ
     我がまだ知らぬ しののめの道~


* 夕顔は
   顔を覆面でかくすとは
    水臭いと恨みていたり ~~ * 源氏の君の
   顔は まだ覆面がされたまま
    かくされていたり ~~ * 源氏の君
   つぶやきぬ”ずいぶんと気味の悪い
    ところになりてしまいぬ” ~~ * 庭一面に
   秋の野原の如く 淋しく
    池も水草に埋もれていたり ~~ * 源氏の君は
   日が高くなりし頃 起き出し
    荒れた庭を眺めいたり


* 源氏の君
   言いぬ”名を教えてくれない
    あなたの他人行儀の恨めしさに” ~~ * ~光ありと
    見し夕顔の上露は
     たそがれどきの そら目なりけり~ ~~ * 夕顔は
   源氏の君を 流し目に
    ちらりと見つつ 言いにけり ~~ * ~夕露に
    ひもとく花は 玉鉾の
     たよりに見えし 縁にこそあれ~ ~~ * 源氏の君は
   深い仲になりたゆえと
    覆面の布を外しぬ


* 夕顔は
   今は不安や愁いから
    解き放たれている様子なり ~~ * 夕顔は
   このような成り行きを
    不思議なことと思いていたり ~~ * 源氏の君は
   静かな夕暮れの空を眺め
    女に添い寝していたり ~~ * 夕顔は
   ”名乗るほどの者ではございません”と
     はにかんでいたり ~~ * ”わたしも
    顔を見せずにと 思うていたが・・・
     名を明かしなさい”


* 源氏の君は
   何かに襲われた如き
    気持ちになり目覚めたり ~~ * 女は
   源氏の君の傍らに
    寝ている女に手をかけぬ ~~ * 女は
   言いぬ”わたしを捨てて
    こんな女を御寵愛なさるとは・・・” ~~ * 源氏の君は
   ぞくりとするほど美しき女が
    座りている夢をみぬ ~~ * 源氏の君は
   夕顔の打ち解けてくる様子を
    可愛らしく思いぬ


* 源氏の君は
   随身より 紙燭を取り寄せ
    夕顔を御覧になりぬ ~~ * 源氏の君は
   夕顔は物の怪に
    とり憑かれたのだと思いぬ ~~ * 源氏の君が
   夕顔をゆすりてみても
    体はなよなよしていたり ~~ * 源氏の君が
   夕顔をかきさぐりて 見たれば
    息をしていなかりけり ~~ * 源氏の君は
   暗闇の中で 気味悪くなり
    太刀を引き抜きぬ


* 源氏の君は
   夕顔の目を 覚まさんとすれども
    息は絶え果ていたり ~~ * 源氏の君は
   夕顔が どうなりているかと
    心配のあまり動揺しぬ ~~ * 源氏の君は
   このような異様なことを目にし
    気味悪く思いぬ ~~ * 女の顔は
   幻の如くふつと
    かき消えてしまいぬ ~~ * 夕顔の
   枕上に 夢に見た 女の顔が
    浮びあがりたり


* 源氏の君は
   このような心細い所に
    泊まりたのを後悔しぬ ~~ * 源氏の君は
   脅えの気持から覚めはて
    泣き惑いていたり ~~ * 夕顔の
   体は冷えて
    うとましき死相が現われきたり ~~ * ”夕顔よ
    生きかえりておくれ
     つらい目を見せないでおくれ” ~~ * 源氏の君は
   冷たき女の体を
    抱きしめ 悲しまれたり


* 源氏の君は
   ひそかに作らせた
    女の衣装の袴を取りて・・・

  ~泣く泣くも
    今日はわが結ふ下紐を
     いづれの世にかとけて見るべき~ ~~ * 夕顔の
   四十九日の法要は
    比叡山法華堂で行われぬ

《 終 》